前回のおさらい
前回の第1部では、組織改善のためのツール導入がなぜ失敗するのかを検証しました。その主な原因として:
- 信頼関係の欠如
- 非現実的な期待
- 責任転嫁の道具化
- 経営陣の問題解決能力の欠如
という4つの要因を特定しました。今回は、真の組織改善に必要な要素である「信頼関係」と「問題解決能力」について掘り下げていきます。
成果の本質は「信頼」にある
成果への道筋が見えない場合、成果そのものは管理できず、逆に管理可能なのは行動だけです。そして人間の行動は基本的に感情に左右されます。更に、その感情がポジティブに働くかどうかは、信頼関係の有無に大きく依存しています。
「あの人が言うことならやってみよう」
「この会社の将来のためなら頑張ろう」
「このチームでなら困難にも打ち勝てる」
これらはすべて、上司や組織、チームに対する信頼があるからこそ生まれる感情です。人は信頼する相手のために労力を惜しまず、困難にも立ち向かう力を発揮します。
スポーツの世界でも同様です。「優勝するためなら辛いトレーニングも耐えられる」というのは、チームや監督、トレーニング方法に対する信頼があるからこそ可能になるものです。
ダイエットにおいても、「この方法なら痩せられる」という信頼があれば、厳しい食事制限にも耐えることができます。
よって、組織、個人に関わらず、ある種の信頼が成果に至るための重要なファクターであることは間違いないでしょう。
実現可能な道筋を具体化する力の醸成
もう一つ重要なのは「成果へと至る道筋を具体化し、実現可能にする力」です。これこそが、これまで見てきたどのツールを使っても本質的に強化できない能力です。そして、この能力は経営陣自身が最も磨くべきものである、と作者は考えます。
TQM、KPI管理、バックキャスト、スクラム—これらのツールは、理想的な状況では効果を発揮するかもしれませんが、「どうやってそこに到達するのか」という最も困難な部分を解決する能力を持っていません。その能力を持つのは、ツールではなく人間なのです。
例えばバックキャストは理想の未来から現在を見るという発想は優れていますが、その理想に至る現実的なステップを具体化する方法論は提供していません。
KPI管理は測定可能な指標を設定することを主張しますが、どうすれば適切な指標を設定できるのか、またその指標を達成するための実質的な方法は何なのか、を教えてくれるわけではありません。
ツールが有効に作用した例として、ロールス・ロイスでは、航空エンジン開発プロジェクトにおいて、バックキャストとKPI管理を活用して目標設定を行いました。日刊工業新聞の報道によれば、同社は技術的課題の解決において、経営陣がエンジニアと密接に連携し、専門知識を共有する文化を重視しました。
この協働アプローチにより、プロジェクトは技術的ブレークスルーを達成し、市場での競争力を高めました。これは各種ツールの使用法と関係者の意識がマッチした非常に良い成功例と言えるでしょう。
このように、真に組織を改善するためには、単にツールを導入するのではなく、経営陣自身が率先して「問題を具体化し、実現可能な解決策を見出す能力」を高め、組織全体でその能力を育てる必要があります。
信頼関係があればツールも活きる
先の例で見たように、信頼関係と実現可能な道筋を具体化する力があれば、どんなツールも有効に機能する可能性が高まります。
例えば、リーダーと現場の間に強い信頼関係がある組織では、TQMのような品質管理ツールも効果的に機能します。リーダーの「このツールを使って品質向上を目指そう」という提案に、現場は「彼なら無駄なことは言わないだろう」と前向きに反応します。導入過程で問題が生じても、建設的な対話を通じて解決策を模索できるのです。
ファイザーでは、研究開発の効率化を目指してKPI管理システムを導入しました。日経ビジネスの報道によれば、同社は経営陣と研究チームが信頼関係を基に、KPIの目的(例:開発期間の短縮、成功率向上)を明確化し、指標選定に時間をかけた議論を行いました。このプロセスにより、形式的な数値追跡を避け、実際のイノベーション向上に繋がる運用が実現しました。
逆に言えば、信頼関係がなく、実現可能な道筋を具体化する力もない状態でツールを導入しても、期待した効果は得られません。形だけの運用になり、むしろ現場の負担を増やし、士気を下げる結果になります。
真の組織改革のために
ツール信仰から脱却し、真の組織改革を実現するためには、具体的にどうすべきでしょうか。ここでは、最初の2つの重要なアプローチを紹介します。
1. 信頼関係の構築を最優先課題とする
組織改善を目指すなら、まず信頼関係の構築から始めるべきです。経営層と現場の対話を増やし、相互理解を深めることが不可欠です。
具体的には:
- 現場の声に耳を傾ける場を定期的に設ける
- 意思決定の過程を透明化し、重要な判断の理由を丁寧に説明する
- 成功だけでなく失敗も共有し、組織全体で学ぶ姿勢を示す
- 約束したことは必ず実行し、言行一致の文化を育てる
これらの取り組みは地道で、すぐに目に見える成果につながるわけではありません。しかし、長期的に見れば、どんな高度なツールよりも組織の成果に貢献するでしょう。
2. 経営陣自身の問題解決能力を高める
ツール依存から脱却するためには、経営陣自身が問題解決の主体となり、実現可能な道筋を具体化する能力を磨く必要があります。
具体的には:
- 経営陣自身が「問題解決の達人」になるトレーニングを受ける
- 理論だけでなく、実践的な問題解決に自ら取り組む
- コンサルタントやツールに依存せず、自分の頭で考える習慣をつける
- 問題の本質を見極める洞察力を養う
トヨタ自動車では、役員が定期的に生産現場に赴き、改善活動(カイゼン)に参加する取り組みを行っています。日経ものづくりの調査によれば、このプログラムを通じて、役員は現場の課題を直接把握し、作業員と共に解決策を模索することで、問題解決能力を磨くとともに、現場との信頼関係を強化しています。
この能力を育てるための具体的方法としては:
- 「5つのなぜ」などの根本原因分析手法を徹底的に実践する
- 小さな問題から始めて、解決プロセスを体験的に学ぶ
- 他社の成功事例だけでなく失敗事例も研究し、教訓を得る
- 異なる立場や視点から問題を見る習慣を身につける
- 専門家からのフィードバックを受けながら問題解決スキルを磨く
などが挙げられます。
まとめと次回予告
この第2部では、組織改革の本質である「信頼関係」と「問題解決能力」の重要性について掘り下げてきました。これらの要素があれば、ツールは単なる形式主義に陥ることなく、本来の力を発揮します。信頼関係の構築と経営陣自身の問題解決能力向上は、組織改革の第一歩と言えるでしょう。
【次回予告】
第3部では、実際に組織全体の問題解決能力を高めるための具体的プログラムと、ツール導入を成功させるための実践的アプローチを紹介します。問題解決能力を育てる5つの体系的方法や、現場の声を活かす仕組みづくりなど、すぐに実践できる方法を解説します。
第1部:『ツール信仰』という幻想-なぜ組織改善の取り組みは失敗するのか①-『ツール信仰』の実態と失敗の根本原因
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