『前向きさ』という名の現実逃避-企業文化による真実の封印-

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現代の企業社会で頻繁に耳にする「前向きな意見を」という言葉。この一見善意に満ちた呼びかけの裏側には、不都合な真実から目を背けようとする組織の病理が潜んでいます。

【組織における「前向きさ」の実態】

多くの企業で「変革」や「イノベーション」という言葉が企業理念として掲げられています。

しかし、実際の現場では「前向きな意見」という美名のもと、以下のような歪んだ実態が蔓延しています

  • 建設的な批判や問題提起が「ネガティブな態度」として排除される
  • 昇進や評価の場面で、耳障りの良い意見のみが重宝される
  • 本質的な課題解決より、表面的な「ポジティブさ」が優先される

この実態を如実に示す例として、私が経験した昇進試験での出来事を紹介したいと思います。

ある事業部の昇進試験において、二名の候補者がいました。

一人目の候補者Aは、事業部内の深刻な業務プロセスの不備を具体的なデータと共に指摘し、抜本的な改革案を提示しました。

もう一人の候補者Bは、既存の体制を大きく変えることなく、表面的な業務効率化と社内の雰囲気向上に焦点を当てた提案を行いました。

結果は、候補者Bの昇進が決定されました。

人事評価では、候補者Aの提案は「他責的で組織の士気を下げかねない」と評価され、一方で候補者Bは「前向きで建設的な提案」として高く評価されたのです。

しかし、その後の展開は組織にとって深刻なものとなりました。

候補者Aが指摘した業務プロセスの改善を含む根本的な改善は実施されないまま、その事業部は数年後、継続的な大幅な赤字を計上するようになったのです。

競合他社との差は開く一方となり、最終的には事業存続すら危ぶまれる事態にまで発展しました。

この事例は、「前向きさ」という名の下で、組織にとって真に必要な変革や改善が見送られることで、どれほどの代償を払うことになるのかを如実に示しています。

表面的な「ポジティブさ」や「和」を重視するあまり、組織の存続に関わる本質的な課題が放置されてしまう。

これは決して稀な事例ではなく、日本企業が現在直面している構造的な問題の縮図とも言えるでしょう。

実際、私の経験では、このような評価傾向が優秀な人材の離職を促進し、組織の革新性を著しく損なう要因となっています。

【日本企業特有の課題】

「前向きさの強要」は、特に日本企業において深刻な問題の温床となっている、と作者は考えます。

優秀な人材の流出や、グローバル競争での劣勢など、その影響は確実に表面化しつつあるのではないでしょうか。

特に深刻なのは、この「前向きさの強要」が、組織の持続的な成長を阻害している点です。

真摯に問題と向き合おうとする優秀な人材は、このような建前と本音の乖離に違和感を覚え、次第に組織から離れていきます。

この問題は、日本企業特有の現象とも言えます。シリコンバレーの企業では「フェイルファスト」の考えのもと、失敗や課題を早期に発見し、対処することが奨励されていると聞きます。

対照的に、作者の経験上、日本企業では表面的な調和を重視するあまり、重要な問題提起が握りつぶされる傾向にあります。

【具体的な改革への提言】

では、この状況を改善するための具体的な施策とは何でしょうか。

ここでは、実践的な施策を3段階に分けて提案します。各組織の実情に合わせて、カスタマイズしながら活用いただければと思います。

第一段階:問題提起を促進する仕組みづくり

  • 匿名での意見箱設置(デジタル化推奨)
  • 定期的な1on1ミーティングの実施
  • 「課題発見」を評価項目に組み込む
  • 経営層による定期的な現場巡回と直接対話

第二段階:建設的な対話の場の創出

  • クロスファンクショナルな改善会議の定例化
  • 部署横断型のプロジェクトチーム編成
  • 外部コンサルタントの活用による客観的視点の導入
  • 「批判的思考」に関する研修実施

第三段階:評価・報酬制度の見直し

  • 問題解決への貢献度を評価項目に追加
  • 建設的な提案に対する報奨制度の導入
  • 中長期的な改善効果の測定と評価
  • 失敗から学ぶ文化の醸成

【真の組織改革に向けて】

真の組織改革には、不都合な真実と向き合う勇気が必要です。

「前向きさ」の名の下で行われる現実逃避は、長期的には組織の衰退を加速させるだけでしょう。

私たちに求められているのは、建前としての「前向きさ」ではなく、時には痛みを伴うかもしれない誠実な対話と改革への意志だと作者は考えます。

【補足 – 実現に向けた現実的考察】

提案した施策には、もちろん様々な実務的な課題が存在します。最後にそれらの課題と対応策を整理し、実現可能性を高めるためのアプローチを検討していきます。

まず、第一段階の「問題提起を促進する仕組みづくり」については、比較的低コストで着手可能です。しかし、以下の点に留意が必要です:

  • 匿名意見箱は、誹謗中傷や感情的な意見の混入リスクがある
  • 1on1ミーティングには管理職の時間的余裕と対話スキルが必要
  • 経営層の現場巡回は、形骸化を防ぐ工夫が不可欠

第二段階の「建設的な対話の場の創出」では、より大きな組織的努力が求められます:

  • 部署横断型の取り組みには、既存の業務分担や評価制度の調整が必要
  • 外部コンサルタント起用にはコストと社内の抵抗感への対応が必要
  • また、コンサルタントの質は様々です。これを見極める目利き力も企業側の課題でしょう
  • 研修実施には、その効果測定方法の確立が課題

最も困難なのは第三段階の「評価・報酬制度の見直し」です:

  • 既存の人事制度との整合性
  • 公平な評価基準の設計
  • 予算確保の問題

重要なのは、完璧な制度設計を目指すのではなく、試行錯誤を許容しながら、組織の実情に合わせて徐々に改善していく姿勢です。

また、これらの施策は、組織の規模や業態によって優先順位や実施方法を柔軟に調整する必要があります。

最後に強調したいのは、これらの施策は決して理想論ではないという点です。確かに、実施には様々な障壁がありますが、それらは乗り越え不可能なものではありません。

むしろ、これらの取り組みを回避し続けることの方が、長期的には組織にとってより大きなリスクとなるでしょう。

真の改革に「完璧なタイミング」はありません。重要なのは、現状を認識し、できることから着実に行動を開始することです。

それこそが、本当の意味で「前向き」な組織の姿勢であると作者は考えます。

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