「良い大学に入りなさい」
「いろいろなことを経験しなさい」
私たちの多くが、この言葉を耳にしてきました。
表面的に捉えれば、将来の安定を求める親の不安や、単純なリスクヘッジの発想に見えるかもしれません。しかし、その本質には重要な示唆が隠されているのかもしれません。
大学を含む経験の意義
大学までの学びや経験を通じて培われるのは、単なる知識の蓄積ではありません。思考力や問題解決能力、コミュニケーション能力など、基礎となる能力の裾野が確実に広がっていきます。
これは表層的な可能性の拡大ではなく、実践的な対応力の獲得であり、人生の選択肢を本質的に増やすことにつながるのです。
つまり、「良い大学に入る」という一見単純な目標設定の背後には、(礼賛者の理解深度はともかくとして)将来の不確実性に対応できる総合的な力を養うという、深い洞察が存在していたと言えるでしょう。
逆算思考の特徴
一方で、近年このような本質的な理解は置き去りにされ、代わりに「逆算思考」という、一見すると合理的に見える方法論が過度に重視されている現状には違和感があります。
「目標から逆算して計画を立てれば成功する」という考えは確かに真実を含み、魅力的ではあるものの、現実を過度に単純化し、これが万能のツールであるかのような妄信を生んではいないでしょうか。
このような状況を踏まえ、今一度、人生設計における思考法について検討してみたいと思います。逆算思考と可能性拡大思考という二つの方向性については、その本質と限界を見極めていく必要があるでしょう。
VUCA時代の逆算思考
まず、逆算思考の特徴を見てみましょう。この思考法は、目標が明確で環境が安定している場合には確かに効果的です。明確な目標設定と効率的な計画立案により、最短距離での目標達成を可能にします。
しかし、現代社会における最大の特徴は、その予測不可能性(VUCA)にあります。例えば、10年前にAIやテレワークが今ほど一般化すると予測できた人がどれほどいたでしょうか。技術革新や社会変革のスピードは加速の一途をたどっており、「これさえ実現すれば安泰」という考え方自体が、既に時代遅れになりつつあります。
可能性拡大思考の特徴
一方、可能性拡大思考は、幅広い基礎力の習得を通じて、予測不能な変化への対応力を養います。2020年のコロナ禍のような予期せぬ激変に直面したとき、この適応力は極めて重要な意味を持ちます。
ただし、可能性拡大思考にも課題はあります。必要以上の時間とエネルギーを要し、時として焦点の定まらない学びに陥る危険性があります。
例えば、将来のエンジニアが過度に幅広い教養に時間を割くことは、必ずしも効率的とは言えないかもしれません。
柔軟な思考法の組み合わせ
ここで重要なのは、この二つの思考法を対立項として捉えることではありません。むしろ、それぞれの特質を理解した上で、状況に応じて柔軟に組み合わせていく視点が必要だと作者は考えます。
具体例を挙げてみましょう。医学部を目指す高校生の場合、確かに逆算的な受験対策は必要です。しかし同時に、将来の医療現場で求められる幅広い教養や人間性を養うことも欠かせません。この両立こそが、真の意味での人生設計と言えるのではないでしょうか。
具体例と日本の教育現場
実際、日本の教育現場でも、従来の受験対策に加えて、探究学習や課外活動の充実化が進められています。これは、両者のバランスの重要性が実践的にも認識されている証左と言えるでしょう。
安易な逆算思考の礼賛は、複雑な現実を過度に単純化する危険を孕んでいます。一方で、漠然とした可能性の拡大も、それだけでは実践的な力とはなりえません。
バランスの取れた人生設計
必要なのは、目の前の目標に向かって着実に歩みを進めながら、同時により広い視野で自己の可能性を育んでいく、という複眼的な姿勢です。それは、単純な成功法則を求めるよりも困難かもしれません。しかし、予測不能な時代を生き抜くために、私たちに求められているのは、まさにそうした深い洞察と、それに基づく行動ではないでしょうか。
「すぐに結果の出る方法」を求める風潮の中で、本質的な能力開発の重要性は、ともすれば軽視されがちです。しかし、長期的な視点に立てば、それこそが真の人生設計の核心なのではないでしょうか。目前の目標達成と基礎的な力の育成—この両輪のバランスを取ることこそ、不確実な未来に対する最も確かな備えとなると作者は考えます。
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