昨今の日本企業、特に製造業において、組織の根幹を揺るがす深刻な構造的問題が表面化しているように思います。
それは、経営陣による「資産価値」の根本的な誤解と、それに便乗する顧客対応部署の歪んだ行動です。この問題を直視しなければ、ものづくり企業には未来はないと言っても過言ではないと作者は考えます。
資産とは何か?
多くの経営者は「バランスシート上の数値」と答えるでしょう。しかし、これは致命的な誤りです。資産の本質的価値は、それが持続的に生み出す利益創出能力にあります。
熟練工の技術力、研究開発部門の革新力、効率的な生産システム、これらはすべて重要な資産です。しかし、作者が体験した会社の経営陣にはこの当たり前の事実が理解できていない事が大半でした。
この認識の欠如が引き起こす問題を、以下に整理します:
- 四半期決算や年度目標という短期的な数値目標のみを追求し、必要な投資を後回しにする愚かな判断
- 技術力や人材育成という無形資産への投資を「無駄な経費」として切り捨てる近視眼的行動
- 収益性を無視した受注を繰り返す顧客対応部署の暴走
顧客対応部署の問題
特に深刻なのが、顧客対応部署の問題です。彼らの多くは「売上高」と「顧客満足度」のみで評価されています。この歪んだ評価システムの下では、彼らが採算を度外視した行動を取るのは、ある意味で当然の帰結です。
例えばある大手製造業では、営業部門が競合他社との価格競争に直面した際、自社の技術的優位性を無視し、原価割れギリギリの価格で受注を続けました。
表面的な売上は維持できましたが、利益率は大きく低下。しかし、営業部門は「売上目標達成」として高い評価を受け、更なる安値受注へと突き進んでいったのです。
経営陣の無知と無能さ
このような行動を可能にしているのは、経営陣の無知と無能さです。彼らは確かに以下のような外部圧力に直面しています:
- 四半期決算重視の株式市場からの圧力
- 市場シェア維持への執着
- 短期的な業績改善要求
しかし、これらの圧力は言い訳にはなりません。本来の経営者なら、これらの圧力に対して「企業の長期的価値」という観点から判断を下すはずです。それができない人間が経営者の座にいること自体が、すでに重大な問題なのです。
負のスパイラルの発生
この状況下で、恐ろしい負のスパイラルが発生します。経営陣が短期的な数値目標を設定し、顧客対応部署がそれに応えるために採算を度外視した受注を行う。
表面的な売上は維持されるものの、利益率は低下。その穴埋めのために現場でのコスト削減が強化され、必要な投資が行われず、技術力や品質が低下していく。
現場からは、すでに悲鳴が上がっています。ある自動車部品メーカーの製造部門では、長年のコストダウン活動で実質的なコストダウン代が乏しい状態であるにもかかわらず、営業の無理な値引き受注により、年間10%以上のコスト削減を強いられているといいます。
10%のコストダウンは、特に長年のコストダウン活動が続いている状況では、容易に達成できるものではありません。実際の事例から見ると、多くの企業が5〜8%のコストダウンを目指しており、10%以上のコストダウンは包括的な戦略と多大な努力を必要とします(*)。
設備投資は先送りされ、熟練工の残業代も削減。「このままでは品質は保てない」という現場の声は、完全に無視されています。
改善策
この状況を改善するためには、以下の改革が不可欠です:
- 経営陣の評価基準の抜本的見直し
- 短期的な財務指標だけでなく、技術力や人材育成など長期的指標の導入
- 資産価値の維持・向上に関する明確なKPIの設定
- 現場の実態を反映した経営判断システムの構築
- 顧客対応部署の評価システム改革
- 収益性を重視した評価指標の導入
- 技術的価値の理解と提案力の評価
- 長期的な顧客関係構築への適切な評価
しかし、この改革は容易ではありません。なぜなら、現在の経営陣や顧客対応部署には、現状を変える動機がないからです。彼らにとって、今の歪んだシステムは「快適」なものなのです。
未来への警鐘
このまま問題を放置すれば、多くのものづくり企業は破滅的な結末を迎えることになるでしょう。実際、製造現場からは優秀な人材が次々と流出していると聞きます。「この会社にはもう未来がない」という絶望的な声が、現場から日々聞こえてきます。
改革の時間は、もう残されていないかもしれません。しかし、この問題に真摯に向き合わない限り、ものづくり企業に未来はありません。経営陣は「数値」という表層的な指標から目を離し、本質的な企業価値の創造に目を向けるべきです。同時に、顧客対応部署も、短期的な評価のために企業の将来を棄損する行動を直ちに改めるべきです。
「この会社は、あと何年持つのだろうか?」 この切実な問いが、今も多くの製造現場で響いています。その答えは、経営陣と顧客対応部署の意識改革にかかっていると作者は考えます。
彼らが本質的な価値創造の重要性を理解し、行動を改めない限り、製造業の未来は極めて暗いものとなるでしょう。
この問題は、もはや一企業の課題ではありません。モノづくり業界の産業競争力全体に関わる重大な危機なのです。その認識なくして、真の改革は始まらないでしょう。
補足1:
この記事は、経営層の方々にとって耳が痛い内容かもしれませんが、作者の体験に基づく事実が多く含まれています。
もし、自身の会社がこの記事で述べられているような状況にあるのであれば、そのままにしておくのが得策でしょうか?聞き苦しい意見を感情的に黙殺するのではなく、経営改善のために活用してみませんか?
補足2:
また、上記の状況から、現場に近い層の担当者やマネージャーの方々は多くの失望と憤り、諦観を感じていることでしょう。しかし、経営層が何もわかっていないとふてくされるだけでは状況も数字も改善しません。
困難ではありますが、現場に近い側の人間は状況を包み隠さず上層部に伝え、また改善案を作成、提案し、承認を取り付け、実施することも重要な業務であるという認識を持たなければなりません。
たとえば上層部との間にいる中間層に、何度となく事実を曲げた報告を上げられ、上層部からは理不尽な指示を出され、それを利用している社内詐欺師たちに良いように使われ、諦め疲弊しきっている方々にこれを求めるのは非常に残酷だと思います。
無理にこの業務を実行せよとは言いませんが、腹いせや諦めの結果として、不誠実な改ざんや隠ぺい、手抜きに走るのは避けましょう。これらを行うと、個人の実績に悪影響が及び、ひいては万一転職を考える際の評価の低下につながるデメリットがあります。
不誠実な行為を避けることで、あなた方が薄汚い中間層、無理解な上層部、社内にはびこる政治詐欺師と同じにならずに済みます。現場の誇りを失わないためにも、冷静で誠実な対応を心がけましょう。
*例えば、サプライヤーの選定やバルクオーダー、在庫管理の見直し、原材料の選定変更など、多角的なアプローチが必要です。また、技術的な革新やプロセスの最適化も重要であり、MIM工法の導入やVE(Value Engineering)とVA(Value Analysis)の活用などが具体的な例として挙げられます。
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