私たちの多くは、会社という組織の中で日々奇妙な現実に直面しています。それは、実績や成果、取り組みの是非よりも「評価者の印象」が物を言う評価システムの存在です。
ここでは主に作者が経験した企業に関してのことを書きますが、この問題については、どの企業であっても正面から向き合う時が来ていると作者は考えています。
深刻な現状
今日の多くの企業では、驚くべき逆説が横行しています。真摯に業務と向き合い、必要な意見具申を行う社員の評価が低く、上司の意向に表面的に従順な社員が高評価を得るという実態です。この状況が、組織の根幹を静かに、しかし確実に蝕んでいます。
組織の病理は以下の三段階で進行します:
- 表面的な同調が評価される文化の定着
- 建設的な意見具申の減少と問題の先送り
- 組織全体の意思決定の質の低下
この病理の最大の問題は、それが目に見える形での急激な悪化ではなく、緩やかな組織力の低下として現れることです。まるでカエルを徐々に熱くなる湯の中に置くように、組織はその衰退に気づかないまま適応してしまいます。
印象評価がもたらす具体的な弊害
印象評価は、組織に以下のような具体的な損失をもたらします:
- 優秀な人材の離職:
実力があっても、自身の意見を率直に述べる社員が低評価を受け続けることで、最終的に組織を去ってしまいます。特に若手の優秀層は、この文化に嫌気がさして早期退職する傾向があります。
- イノベーションの停滞:
上司の意向に逆らわない文化は、新しいアイデアや改善提案を萎縮させます。例えば、既存の商品やサービスに対する改善案があっても、「今のやり方で問題ない」という上司の意向の前に、その提案は日の目を見ることはありません。
- 問題の隠蔽体質:
「悪い印象を与えたくない」という意識が、問題の早期発見・対応を妨げます。現場で発生している問題が、経営層に届く頃には手遅れになっているケースが散見されます。
- 非効率な業務の固定化:
「前例踏襲」が美徳とされ、効率化や改善の機会を逃してしまいます。例えば、不要な会議や形骸化した報告書の作成が、誰も異を唱えられないまま継続されています。
- モチベーションの低下:
真面目に働く社員が正当に評価されない一方で、上司に取り入る社員が出世する姿を目の当たりにすることで、組織全体のモチベーションが低下します。
作者の経験では、保守的で自部署に問題があると認めたがらない上層部、が気に入りそうな、現状の技術の「使い方」のみを決める「単なる仕組み」を提案した人間が、その技術を発展させ、更にレベルの高い技術でもって現場の改善を成そうとする人間より高い評価を得ていました。
責任の所在
この問題の根底には、明確な責任の所在があります。
第一に、このような評価文化を放置し続ける経営陣の責任。もちろん、自部署の問題に向き合わない姿勢そのものにも問題があります。
第二に、その文化に追従する中間管理職の責任。
そして第三に、この状況に異を唱えることなく順応してしまう従業員の責任です。
特に深刻なのは、経営陣自身が評価される立場に立つことを回避している現実です。多くの企業で360度評価が導入されていますが、それは上級管理職層までに限定され、経営陣自身の評価指標については触れられたのを作者は聞いたことがありません。
経営陣もまた会社の一員であるならば、同様の指標、もしくは指標は異なれど、同様の制度でもって評価されてしかるべきと考えますが、なぜ経営陣は、自らを評価の対象外とするのでしょうか。
よく言われるのは「経営陣は仕事の質が違う」という話ですが、ではその「質の違う仕事」に関しての評価指標を作成すればよいだけの事です。
よって、作者としては各階層に対し、以下のような責任があり、併記した改善案を採用するのが良いのではないかと考えます。
【経営陣】
責任:
評価文化の放置と自己評価からの逃避、現場の実態把握よりも表面的な報告を重視
改善案:
- 全社員参加型の経営陣評価制度の導入
- 現場との定期的な直接対話の場の設置
- 問題提起を評価する文化づくりの主導
【上級・中間管理職層】
責任:
経営陣への追従による問題の握りつぶし、部下の成長機会の阻害
改善案:
- 部下からの提案を積極的に経営陣へ上申する仕組みの構築
- 部下の育成を評価項目として重視
- 問題解決能力を評価指標の中心に据える
【一般職層】
責任:
政治的な立ち回りへの依存、問題提起を避ける消極的姿勢
改善案:
- 専門性向上への継続的な自己投資
- 建設的な提案を行う習慣の確立
- 同僚間での相互評価制度の活用
解決への道筋
上述のように、今回取り挙げた状況を改善するためには、各層が自らの責任を認識し、それぞれの立場でできることから着手する必要があります。それは単なる制度改革ではなく、組織の価値観そのものを問い直す作業となるでしょう。
具体的には:
- 経営陣による評価制度改革の主導
- 管理職層による部下の育成と提案の積極的支援
- 一般職層による専門性向上と建設的な提案
これら三層がそれぞれの立場で改革に取り組むことで、初めて組織全体の変革が可能となります。印象評価という目に見えない病が、企業の未来を確実に蝕んでいます。
この問題に組織全体で向き合わない限り、今後の、特にグローバル競争での生き残りは困難ではないかと作者は考えます。
結論
今、多くの企業は重大な岐路に立っています。表面的な調和を重視する現在の評価文化を続けるのか、それとも真摯な対話と建設的な批判を許容する文化へと転換するのか。
この選択を誤れば、組織は確実に衰退への道を歩むことになるでしょう。経営陣を含む各階層の担当者には、自らの評価から逃げることなく、真の改革に着手する勇気が求められているのではないでしょうか。
補足:三層構造の共犯関係
ここで補足として、今回取り挙げた印象評価システムのもう一つの深刻な問題についても触れておきます。組織全体を覆う「共犯関係」の存在です。
このブログ内で「悪魔の共犯関係」についてはいくつもの記事で触れてきましたが、今回の共犯関係は、以下の三層によって構成、維持されています。
(参考記事;共犯関係1、共犯関係2、共犯関係3)
まず経営陣は、自らへの評価や批判を避けるため、現場の実態把握よりも表面的な数値や報告を重視します。彼らは「耳障りの良い報告」を好み、問題提起を「混乱要因」として忌避する傾向にあります。
次に上級・中間管理職層は、経営陣の不評を買うことを恐れ、部下からの改善提案や問題提起を「面倒な案件」として握りつぶします。代わりに、形式的な手続きや表面的な対応で問題が解決したように見せかけ、経営陣の求める「平穏な報告」を作り上げることに注力します。
そして一般職層は、上司からの評価を得るため、実力向上や業務改善よりも、政治的な立ち回りを優先するようになります。彼らは「出る杭は打たれる」という教訓を学び、問題提起を避け、上司の意向に沿った行動をとることで自身の立場を守ろうとします。
特に危険なのは、この三層がそれぞれの利害関係で結びつき、互いの行動を正当化し合っている点です。経営陣は都合の良い報告だけを受け取り、管理職層はその見せかけの成果で評価され、一般職層は従順さによって安定した評価を得る―この負の連鎖が、組織の革新性と健全性を確実に損なっています。
作者の経験では、営業のやり方のある重大な問題を発見した際、この三層構造が機能して問題の深刻さが経営陣に伝わるまでに半年以上を要し、その間状況は悪いまま放置されました。
現場レベルで問題を認識していた社員たちも、「上に報告しても無駄」という諦めと、「問題提起者として記録に残るのは避けたい」という防衛意識から、積極的な行動を控えていたのです。
このような共犯関係は、一度確立されると、それを打破することは極めて困難になります。なぜなら、この構造から利益を得ている者たちが、組織の中枢を占めているからです。
処世術、といってしまえばそれまでなのかもしれませんが、果たしてこの三層構造を保持したままの会社は、あと何年収益基盤を保つことができるでしょうか。
よりライトな記事1:沈黙する組織-蔓延する「印象評価」の病理-
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